自分は、比喩の言葉でも「闘う・戦う、武器、鎧、戦利品、等」を使うのがあまり好きではないなあとずっと思っている。
闘い以外で状況を理解したいと思う。
世の中にはときどき闘いそのものを好む人がいて、何でもかんでも「闘い」の文脈でそういう語彙を使って状況を理解・整理しようとする。
自分の状況を「闘って勝つ物語」に当てはめて考えると高揚する?
闘いにロマンを見出している?(※ロマン:夢や冒険への憧れを満たす事柄)
日常生活にロマン(的な何か)を見出そうとするとき、闘い(的な何か)に当てはめて考えると楽しい?
「闘う」「闘って勝つ」をしようとする格好が自分はあんまり好きじゃない。けど人気があることは知っている。だから惹句等でよく使われるのだと思う。鼓舞される気持ちはまあまあ分かるけれど……。
「論戦」という言葉もあるように、私たちの生活には、状況を闘いに当てはめる考え方がそこらじゅうにあって、身近なものになってしまっているけれど、でも自分はそれが好きじゃない。怒りも批判も闘いとは別のものにしたい。
「闘う・闘わない」ではなく、そもそも闘いの文脈を採用しない。
「闘い」を通さずにものを見たい。
他者とのコミュニケーション方法が基本的に「闘い」の人も結構いるのかな。
絶対悪い、絶対やめろとは思わないけど。
そういうのじゃない、別のものがいいなと私には感じられる。でも、その「別のもの」が何なのか、私にもわからないんだよ。
小さいとき、競争心がないと時々、呆れのニュアンスを伴って言われていたことを思い出す。
2024/01/13