強いアピールをするときってなんでいつもみんなこのポーズ💪←をするんだろうな..🤔
自分の理想にとって不都合な自分を受け入れる……😌 不都合なまま、理想に近づくように方法を考えてみるよ。
❝ 才能なんてたいしたものではない。才能の廃墟をぼくはたくさん見てきた。才能の向こうにあるありふれた言葉がすべてさ、鍛錬(ディシプリン)、愛、運、でもなによりも、耐久力。
(ジェームズ・ボールドウィン)
『パリ・レヴュー・インタヴュー 1』(p.276)
テイラーもエマワトソンも、腕毛は剃ってないんだよね。写真で毛が光っているから分かる。なので、わたしも剃らない方向でいきたい……。
脱毛しないなんて女じゃないとか汚いとか、そうやって脅す宣伝文句がほんとうにきらい。
身長に言及されない物語を見たい。
170cmの女性と、それよりさらに高い180cmの男性の物語ではない。170cmの女性と165cmの男性の物語で、だれも身長に言及しないし、デカい女とかチビの男とか誰も言わない、誰も言わないから本人たちも悩まないし苦しまない、その状況を好奇の目で見ない、おかしいと思わない、あたりまえの光景として受け入れられている、特別視されない、言及されない、そういう物語があったらないいなあ。
それがあたりまえのこととして人々が認識している状況が見たい。
背の高い女性にとっては、それがあたりまえのことなのに、それを異質とみなしたひとたちによって、彼女たちは異質になる。
5才のときから言われつづけているので、22年間の蓄積された怒りがある…
日記は中学生のころから書き始めた。
パパのパソコンに入っていた、一太郎というワープロソフトを使っていた。そのうちWordに移った。高校時代、decooのリアルに書いて友だちと読み合いしていた。大学受験期〜大学時代はamebaブログをメインに使っていた(アメーバピグもすきだった)。
そのあとは、twitterとtumblrがメインになった気がする。そしてここ数年でWordPressのブログを使っている、という変遷。
デジタルは、打つのも消すのもアナログより楽だ。それに、キーボードそのものがだいすきだし、キーボードに触るのもすごくすき。幸せを感じる。
アナログの手帳はほとんど続かなかった。ほぼデジタル日記の人生だった。場所を変える度に、データを消してきた。
日記をアナログにしようかなあとちょっと思った。デジタルの方が書きやすいのだけれど……。いつも一文字から何度も何度も何度も何度も修正するけれど、アナログだとどうすればいいんだろう。文章や段落の入れ替えもできないし。だから結局、アナログ日記は一言さっと簡単に書いて終わりにしちゃうんだよねえ。今年のほぼ日は1日1首書かなければいけないので続いているけれど。
このwordpress.comのブログもどうしようかなあ。orgの方がすきなんだよね。さくらインターネットとまた契約したらそっち使ってモリサワフォント使いたいし。 どのみちさくらと契約しないとサイトつくれないし、だったら.comの有料版よりも.orgの方がいいよね。
と、ここまで書いていて気づいたのだけれど、わたしが書いているものって、日記ではなく、考えごとだった。考えごとを打ち込んでいるのだということに今、気づいた。日記ではない。だから、何度も読み返してはゴリゴリ修正したくなるのかも。そうか。これを書きながらそのことに気づいたよ。まさに、考えを打ち込んでいたところで、考えごとだったということに気づいた。
考えを打ち込んで、その文字を認識して、さらに考えつづけていけるのかもしれない。
もちろん頭の中だけで考えるときだってあるけれど、文字として残らないので読み返せない。打ち込むと残るので、記憶にも定着しやすいし、文章がハッキリしているし、だから考えが遠くまでいけるのかも?